がんばる学生を応援したい理由

   

学生時代、アクションポート横浜というNPOに関わった卒業生メンバーが集まった。
すべてはそこからつながって、先日こんな企画が実現した。

【がんばる学生団体のための活動応援講座 vol.1】
「効率的なミーティングのコツを知ろう!」

サークル/インカレ/学生団体で活動している学生の皆さん、上手なミーティングできていますか?
「うまく議論ができない」「みんなで決められない!」
「ほかの団体はどんな会議をしているの?」「課題をどうやって解決しているの?」
気になる会議のコツをみんなで一緒に考えて、活動をステップアップしてみませんか?

その場に集まったのは6団体11名の大学生と5名の卒業生。

所属団体の活動分野はバラバラで、学年も1年生から4年生まで様々。それでもお互いのミーティングの悩みを話す場面では「わかる、わかる!」と頷く声があり、休憩時間にも「そういう時どうしてるの?」とお互いのナレッジを共有する会話もあり、大いに盛り上がっていた。

▲当日の様子

悩みやモヤモヤを言葉にして、他の団体のやりかたを知って、「じゃあどうすればいいんだろう?」「そもそも何が原因なんだろう?」と一緒に考える時間を持った。
たっぷり話をして、考えて。とてもいいコミュニケーションの場だった。

この交流がどんな成果を生んだのか、集まってくれたみんなの力になるお土産を渡せたのか。

それはまだまだわからないけれど、まずはひとつのコミュニティの立ち上げが一区切り。これからもっと盛り上げて、裾野を広げて、若者が育ちあう場の足場を固めていけたらいいなと思っている。

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若者が育ちあい、思いを受け止める場をつくりたい

アクションポート横浜というNPOが大学生の活動の場として形をつくってから、もうすぐ10年になる。学生時代にアクションポートに関わっていたメンバーで、卒業して社会人になった人数も増えてきた。

▲話に夢中になりすぎてピザが冷めてる

NPOや地域に育てられた私たちだからこそできることは何だ?働きながらどんな関わり方がしたい?どんなことを学生に提供できるんだろう?
そんなことをみんなで考えたのが今年の6月上旬。

このときに生まれた「アクションポートが持っている情報を悩んでる学生に届けたい」という言葉に、今回の企画メンバーが集まった。
そして半年間の産みの苦しみを経て先日やっと実現したのが、「がんばる学生団体のための活動応援講座」という名のコミュニティ活動だ。

なぜ学生団体の支援が必要なのか?

教育や環境、国際、福祉の分野や◯◯支援と名のつくような「社会課題に取り組む」「誰かのために動く」を志向するボランティア色・支援色の強い学生団体のことを、社会貢献団体と呼ぶことにする。

「学生のうちから社会貢献なんて立派だな」と思う方は多いかもしれないけれど、あえて言うならば総じて「えらい学生」というわけではない。参加しているのはごくふつうの子たちだ。

音楽をやりたくて吹奏楽団に入る人もいるし、居心地のいいコミュニティを求めて所属サークルを決める人もいる。社会貢献団体に入る動機も活動の熱量も、いわゆる一般的なサークルや部活と同じように捉えて差し支えない。熱量高くコミットしている人もいれば幽霊部員もいる。

では、学生団体を支援する意義とは何だろうか。
厳しい意見を言う人はたまにいる。

▲参加者の悩みには共通点も多々

一般的に学生団体の目標は明確だ。
試合に勝つこと、演奏会を成功させること、作品を完成させること。もしくは仲良く楽しく学生時代を過ごすこと。
それぞれの学生団体が、それぞれの葛藤を乗り越えて何かしらの答えを見つけていく。

対照的に、社会貢献団体はその目標の大きさ、答えのなさが難しさの根底にある。
短期的な目標はある。イベント企画の本番、ボランティア活動の当日というわかりやすい山場は一年単位、半年単位のゴールになる。

野球部が試合に勝ったところで、試合に勝つことの意義を問われることはない。けれど社会貢献を謳う活動には常にその先が問われる。
ゴミ拾いをしたことで社会はどう変わったの?交流会を開いたことで誰が何を得たの?

社会貢献団体が目指すことの本質が、社会に影響を与えることだからだ。

▲ワークショップでお互いの悩みの原因を整理

一介の学生がほんの数年間がんばったところで社会が変わるわけなんかない、と思う。社会の一側面に触れて自分の人格を育んでいく場でいい、青春を謳歌する中でのチャレンジとしてでも、十分価値のあるものだ、とも思う。

でも、本気でやればやるほどに、本気でやっている当人たちこそが、自らに成果を問うてしまう。だってやりたいことが「社会を変えること」だから。
もしくは「団体としての成果は重要ではない。これは自分のスキルアップや経験のためにやってることだから」という論理で自分を納得させる。
理想と現実の矛盾に対するこの両者の反応は、正反対のようで根本的にはおんなじことだ。

最初は無邪気に信じられる。自分には何かができるはずと。
でもやってみるとわかる。その困難さ、思い描くゴールが果てなく遠いことを。

目指したい理想と活動の実情との間の自己矛盾は、学生に限らず多くの市民団体、任意団体だって同じように持っている。
けれどある程度の人生経験で自分自身の限界や社会の酸い甘いを知っていればこそ、「ゆるくやろうよ」「できることをできる範囲でやろう」と葛藤することなく納得できるし、理想と現実の間に目指す成果を設定できる。
もしかするとこれは一種の「つまらない大人になっちまった」っていうことなのかもしれない。

▲こちらの主張はかなり的を射た話だと思う

社会貢献団体の学生が「えらい」わけじゃない。居場所としてサークルとして、ほどよく打ち込める活動として楽しむことはできる。でも、本気になっちゃうと、それなりの客観性を持って自分の活動を見れてしまうと、その矛盾は辛い。

学生が集まって社会課題と向き合うからこそできることはあるし、巻き込める支援者・寄付者がいる。さらに学生の社会貢献活動は未来のNPO・NGO支援者が育つ場でもある。だから学生の社会貢献団体が活動する意味はある。

必要なのは、社会貢献団体でがんばる学生がそういう状況を噛み砕いて、腹落ちさせて、これからの自分の糧にしていくことではないか。

▲ある参加団体がチェックインのやりかたを紹介するひとコマ

思い返してみると私自身も、3年間ぐらいはうだうだとそういったことに悩んで屈折していた時期があった気がする。そういう時間を過ごしたことも悪くはないけど、「あの頃こういう場と出会えていたら…」と思うこともある。

こういうアンビバレントな状況を理解してちょっとした助言をくれる他者に出会えること、自分とは全く違うシチュエーションでがんばっている同世代と気持ちを共有できること。

そんなつながりの積み重ねがあったなら、学生として社会課題と向き合った経験を消化して、これから80年ほどの生き方を選択するための気持ちの整理を助けるはずだ。

さらに、社会貢献団体で活動に打ち込んだ学生は、その経験を咀嚼して腹落ちさせる間もなく、卒業後の身の振り方を考えることを迫られる。

会社組織に属しながら何かに取り組んでいくのか、スタートアップへの就職や起業を選択するのか、NPO・NGOの現場に挑戦するのか。あるいは団体を卒業したら区切りをつけて、社会課題に取り組む生き方以外を選択するのか。

それはなにも永遠の選択ではなくて、ただただ卒業後の人生の一歩目を踏み出すための選択でしかないのだけれど、こういうのは当事者にとっては必要以上に取り返しのつかない選択に見えてしまうものだ。

彼ら彼女らはそれなりに世の中のマイノリティだから、状況や気持ちを理解して相談に乗れる人はそう多くない。

社会貢献団体で、想いを持って活動に打ち込む大学生の寄り合いの場。いろんなタイプの似た者同士が寄り合う繋がりは、そういう心細さを解消させる効用もあるのかもしれない。


▲いまは素直に、こんな気持ち

かつて自分たちが欲しかったものを作りたい

20歳そこそこで社会課題に向き合って、それなりに色々苦しんだ社会貢献団体の卒業生だからこそできることがある。
そう思って突き進んでいるチーム・ツナカン。今後この取り組みがどんな方向に転がっていくかはわからない。

卒業生による学生支援、という枠組みに収まっちゃったらつまらないなと思っている。だから「応援」。
支援者と被支援者が固定されずに、現役生も卒業生も寄り合いながら、互助会のようなゆるやかなコミュニティができたらいい。

▲これから、よろしく!

これからどうなっていくのかワクワクしてる。
とりあえずは学生応援講座、出航完了。

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